2010年04月24日

ゲゲゲの女房が面白い

NHK朝のドラマ「ゲゲゲの女房」が面白い。

汽車に乗り東京へ向かうシーンがあったが、その時、東京オリンピックが始まる3年前のことだそうです。

なまずも中一だった頃の夏休み、弟と二人で蒸気機関車に乗り東京の叔父の家へ遊びに行った事を思い出した。

益田から東京まで片道25時間あまりの長旅で、座席はもちろんリクライニングなどではない。

長時間座っていると疲れてくる。

前に座っていたおじさんが、読んでいた新聞を座席の下に敷いてくれて、弟と交代で寝ていた。

夏の暑い時だから窓は全開で走っている。

トンネルが迫ってくると「ポー」と汽笛が鳴るので一斉に窓を閉める。

短いトンネルの場合はいいけど、長いトンネル「清水トンネル」を通過する時は死ぬかと思ったよ。

通路からトイレがある連結部分を見ると煙で真っ白になっているではないか。

トンネルを抜け出すまで、果たして空気が持つかどうか心配だった。

随分長い時間が掛かったように思われる。

トンネルを無事に出た瞬間、窓を全開にした。

そんな死ぬ思い(チョット大げさ?)をして、ようやく東京駅に着いたとき、弟と俺の顔は真っ黒になっていた。

迎えに来ていた叔父さんが「なんだよ、その顔は!」と言っていたのを覚えている。

その叔父さんも40代で亡くなってしまった。

その当時、列車は一等車・二等車・三等車に分かれていて、なまず兄弟が乗っていったのは三等車(普通車)でした。

ゲゲゲの嫁さん達が乗っていた座席に白いカバーが掛かっていたから、二等車(グリーン車)かもしれない。

今の世の中、全てが便利になり新幹線で早く行けるようになったが、旅の風情を楽しむことができなくなってしまったように思える。

ある意味あの当時の頃が、人にとって優しく面白い時代ではなかったのではないかと思う次第です。
posted by なまず at 23:54 | Comment(0) | ゲゲゲの女房 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年04月23日

なまず、62歳の誕生日!

4月23日、今日はなまずの誕生日でした!

なんと、62歳になってしまったよ!

娘が看護師になり始めての給料日と同じ日です。

娘もまだ見習い期間で・・・「なんもしてない!」と言っていたが、給料が予想よりも多かったので、スーパーに買い物に行き手巻き寿司をご馳走してくれた。

久しぶりのビールで乾杯して、家族一同それに犬一匹(?)が祝ってくれた。

子供が仕事に就き初給料を貰ったことが、妙な安心感と喜びを感じる。

これから待ち受けている大変な看護の仕事を、健康に注意しながら頑張ってもらいたい。

先日、娘が受け持っていた患者さんからお礼の手紙が届いていた。

看護師にとって患者さんから感謝されことは、物凄く勇気ずけられると思う。

今の気持ちを忘れずに、これからの夢と希望に向かって・・・ロックン・ロールしてくれ!
posted by なまず at 23:00 | Comment(0) | 家族 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年04月22日

エフエム京都「α-Station」パーソナリティー「佐藤弘樹」さん

エフエム京都「α-Station」で朝の7時からパーソナリティーを勤めておられる「佐藤弘樹」さんのことが、京都新聞に掲載されていた。

初めてお顔を拝見したが、ラジオから流れてくる落ち着いた低音の柔らかい声から何時も想像していたのと違っていた。

こんなことを言えば失礼かもしれないが、頭の状況は寂しく、口ひげ・あごひげを生やした卵型の優しそうな表情のお方でした。

なまずよりも8歳年下の53歳・・・年代的には近いなぁ〜。

なんと、隣町である長岡京市にお住まいのようで、より親近感を増しました。

故郷の札幌から英語を学ぶため、京都外国語大学に進み、4回生のとき、外務省の在外公館派遣員制度で訪れたケニアでの3年間が、佐藤さんのその後の人生に大きな影響を与えたそうです。

1991年のエフエム京都開局にあわせ、英語ニュースのキャスターになられた。

’91年といえば、京都へ出てきて3年目、43歳の頃、色々なバイトをしていたなぁ〜。

あの頃のバイト仲間(殆ど20代)は元気で生活しているかな?

ドライバーをやっていたときは、佐藤さんの声を聴きながら運転していたな。

あれから19年、未だに変らない渋い声が今もラジオから流れてくる。

佐藤さんの選曲も素晴らしい。

これからも、みんなの気持ちを落ち着かせる柔らかな声で頑張って下さい。 
posted by なまず at 13:03 | Comment(0) | 佐藤弘樹 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年04月18日

天皇皇后両陛下が訪問された長岡京大極殿跡


大極殿1.JPG
 784年から794年の10年間、桓武天皇が政治を司ったところが、西向日にある長岡京大極殿(だいごくでん)跡です。

日本の都が現在の向日市・長岡京市・京都市の南西部・大山崎にあたる乙訓郡に設けられていたのが長岡京です。

現在は公園になっており、桜がまだ咲いていました。






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大極殿2.JPG


大極殿3.JPG大極殿5.JPG













大極殿7.JPG大極殿8.JPG小安殿(しょうあんでん)は、
大極殿の後ろの建物を意味し後殿(こうでん)とも呼ばれています。












大極殿4.JPG



大極殿6.JPG



  京都滞在の両陛下、平等院・長岡京跡地訪問

日テレNEWS24


 
3月27日天皇皇后両陛下が長岡京大極殿跡地を訪問されたときは、数日前から物集女街道沿いに私服を含めた警察官が立ち、予行演習をやっていた。お陰で交通は大渋滞・・・国の力を感じました!

当日は娘の定期演奏会が長岡であり、残念ながら天皇・皇后両陛下を見ることはできませんでした。
タグ:天皇 長岡京
posted by なまず at 15:24 | Comment(0) | 長岡京大極殿 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年04月17日

桜が満開の向日神社

向日神社7.JPG向日神社23.JPG

向日神社の前を通りかかったとき、

余りにも綺麗に桜が咲いていたので立ち寄ってみた。

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向日神社2.JPG幕末、向日神社の神職であり国学者であった六人部是香の弟子に、なまずも大好きな侍「坂本龍馬」もいた。

弟子であったということは、ここに来ていたのかも知れない。

そう勝手に思い、
一人幕末の志士になった気分で桜を眺めながら本殿に向かった。







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向日神社10.JPG
向日神社11.JPG











向日神社15.JPG向日神社18.JPG
右の画像は物集女街道に向かって低く伸びている桜の枝を撮ったものです。








京都市内には有名な桜スポットがありますが、西向日に鎮座する向日神社は人も少なく隠れた名所として穴場ですよ。
阪急「西向日」を下車、西口から10分位のところですので、ちょっと立ち寄ってみては如何でしょうか。
posted by なまず at 10:43 | Comment(2) | 向日神社 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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