2010年05月30日

「イージー・ライダー」のデニス・ホッパーが逝ってしまった

映画「イージー・ライダー」のデニス・ホッパーが74歳で死去した。

映画が上映された時、大学生だったなまずは銀座まで観に行った。

あの軽快なロックが流れる中、大平原を突っ走るバイク姿がカッコよく(ぶちかっこえ〜)、アメリカの自由を感じていた。

ヒッピー二人がチョッパースタイルのバイクに跨り突っ走る姿は、馬に乗ったカウボーイそのものだ。

こんな自由な生き方があるものだと思いワクワクした。

ラストはショットガンで撃たれるという衝撃的な終わり方だ。

この映画やウッド・ストックから受けた影響でヒッピーのように自由に生きたいと思うようになっていた。
 
それが62歳になる今も続いている・・・・・

ステッペンウルフのワイルドでいこう!・・・この曲が流れるとアクセル全開だ!!
 
posted by なまず at 09:44 | Comment(0) | 映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年05月18日

スイングジャーナルの休刊に想う

ニュースでジャズ専門誌「スイングジャーナル」の休刊を知った。

「え、なまずはジャズも聴くの?」と、思われるかもしれないが、友達にジャズキチが多くて、少なからず彼らの影響を受けている。

70年代初め、益田のジャズ好きが集まり「益田ジャズクラブ」なるものを立ち上げた。

東京からプロのジャズミュージシャンを呼び、地元でコンサートを開いたりしていた。

その当時、今のような立派な会館などあろうはずも無い。

古い市民体育館を会場にし、音響から照明まで手作りのコンサートを仲間全員が汗を流し作り上げていった。

人口5万ばかりの片田舎でコンサート?・・・それも・・・ジャズ?・・・お客さんを集めるのが大変だったが、田舎ならではの横のつながりを大いに利用(?)して、そこそこの観客を集めることができた。

演奏する箱は立派なものではないが、中の空間に流れるジャズの音色は何よりにも増して温かく、そして熱く聞くものの体に伝わってきた。

現在、体育館跡には立派な石西県民文化会館が建っている。近くには最近できた島根県立美術館も・・・

・・・箱は立派だが中身はどうだろう? 

益田市も随分変わってきたが見掛け倒しにならないよう、文化の向上に努めてもらいたい。
 
なまずが一番好きな「John Coltrane」の「 MY Favorite Things」
posted by なまず at 10:25 | Comment(4) | JAZZ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年05月09日

娘が看護学校を卒業し病院に勤め始じめてひと月

娘が看護学校を卒業し病院に勤め始じめてひと月になる。・・・そろそろ5月病になるころだ。

病院では意地悪な先輩の看護師やキツイ先生に怒られながら奮闘しているようだ。

看護師の仕事は人の命を預かる大変重要な分野であり、生半可な気持ちではやれるもんではない。

初めから優しいゆるい病院で働くよりも、厳しいところでシゴかれた方がいいかもしれない。

先輩達の一言一言が勉強だと思い、立ち向かってもらいたい。

厳しさ悲しさを乗り越えた時、必ず希望の光が見えてくるよ!

マザー・テレサの生き方を見れば、先輩達のキツイ言葉なんか・・・どうちゅうことないでェ〜手(チョキ)
posted by なまず at 16:33 | Comment(0) | 家族 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

永遠のアイドル・・・シルヴィー・ヴァルタン

なまずの永遠のアイドル・・・「シルヴィー・ヴァルタン」です。

中学生のとき、ラジオから流れてきた「アイドルを探せ!」を聴き好きになったフランスの歌手ですよ。

レコード屋でソノーシートを買いプレヤーで何度も聴いたなぁ〜。

1944年生まれということは、なまずよりも4歳年上ですね。

現在、66歳になられています。

それでもなまずの心の中には、カワイイままのシルヴィーが今でも微笑んでいるねわーい(嬉しい顔)

お婆さんになっても、シルヴィー・ヴァルタンは永遠のアイドルじゃ〜黒ハート
 

posted by なまず at 14:22 | Comment(0) | シルヴィー・ヴァルタン | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年05月03日

XJAPANのHIDEが逝ってから13年かぁ〜

XJAPANのHIDEが逝ってから13年かぁ〜・・・hideと言えば、早朝の牛乳配達をやっていた時、ラジオでしゃべっていたHideを思い出す。

その時、ロスで音楽活動をやっていることを話していた。

XJAPANでのステージからは想像もつかない、彼のロックに対する気持ちや生き方が伝わってきた。

意外と骨太な男だと感じた。

その時に流れた曲が「ピンクスパイダ」だったかどうかは定かではないが、XJAPANとは違うhideの音が、明け始めた町を走っている車の中に広がってきた。

YOSHIKIのドラミングが好きで、XJAPANは聴いていたが、hideのソロは始めてだった。

hideのロックには未来を感じさせる光と希望が潜んでいるように思える。

惜しくも若くして亡くなってしまったが、彼のソウルはロックとして生き続けている。

62歳になった俺にも希望を与えてくれるパワーがあるよ!

近い将来、hideに会えるだろうから、その時は一緒にセッションしてもらおう!
 
posted by なまず at 18:41 | Comment(0) | XJAPAN | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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