2010年08月28日

龍馬伝で高杉晋作を演じている「伊勢谷友介」

高杉晋作.JPG
京都霊山護国神社にある坂本龍馬の墓参りをした時、高杉晋作の墓もありましたので参って来ました。

長州藩士である高杉晋作は「奇兵隊」を創設した人物で有名ですが、肺結核のため29歳でこの世を去ってしまいました。

日本の新しい時代の夜明けを見ず逝ってしまった彼の気持ちは、無念だったろうと思います。

龍馬伝で高杉晋作を演じている「伊勢谷友介」・・・よく知らない役者さんなので調べて見ました。

驚くことに、あの有名デザイナー(70年代頃)「山本寛斎」と異母兄弟だそうです。

東京芸大在学中にモデルとして活躍し映画俳優としての道を歩むようになった伊勢谷は、龍馬伝以外にテレビドラマ初出演の「白州次郎」に主演しています。
「白州次郎」・・・彼も興味ある人物です。ここで論じれば話が長くなりますので、またの機会に・・・わーい(嬉しい顔)

伊勢谷はテレビドラマへの出演は嫌いだそうです。その理由は、テレビの連続ドラマは監督が一人ではない場合が多い為、演出の統一性が無く、視聴率に左右されて脚本が変ることが、映像に関わる人間として飲み込めないと語っています。

高杉を演じている彼を見て「ちょっと違うな?」と感じていましたが、「やはりそうか」と納得した次第です。

こうなったらまだ観ていない「白州次郎」・・・ますます観たくなりました!

写真の隣に写っている墓は同じく長州藩士である「来島又兵衛」・・・彼のことはこのブログを書いている時に知りました。

遊撃隊を組織して奇兵隊と共に活躍したんですね。・・・・・勉強不足ですふらふら

その隣には「久坂玄瑞」もあった・・・気候もよくなり涼しくなったらじっくりと観て回ります。・・・なんせ暑い・・・暑いんじゃぁ〜
posted by なまず at 09:59 | Comment(0) | 坂本龍馬 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年07月31日

暑い中、龍馬の墓参りに行って来たぜよ!

龍馬の墓4.JPG

龍馬の墓2.JPG
 左が坂本龍馬、右が中岡慎太郎の墓
















龍馬の墓1.JPG

京都・東山の霊山地域には、明治維新新政府の太政官布告を受けてつくられた多くの志士たちが眠る史跡地があります。

霊山歴史館を観終えてから墓へ行くと、なんと300円の拝観料がいるではないか!!!

墓参りで拝観料を取るとは(維持費が掛かるからしゃーないか!)と思いつつ300円払い龍馬の墓へと向かいました。

山の斜面に作られているので階段が急です。

暑い中、嫁さんの手を引っ張りながら登りました。・・・俺より15歳も若いのに???



龍馬の墓3.JPG


長年京都に住みながら一度も龍馬の墓参りをしたことがなっかたものですから、墓前に着いたときは言葉も無く立ちすくみました。

坂本龍馬と中岡慎太郎が刺客に殺されたあと、「近江屋」で葬儀が行われここ霊山に埋葬されたのですから、「この下にあの坂本龍馬と中岡慎太郎が眠っている」・・・そう思うと名前が刻まれている墓石を、ただただ見つめるばかりでした。

当日は参拝客も少なくて、じっくり参拝することができました








中岡慎太郎の墓.JPG
立て看板があったがあまりにも暑いので写真だけ撮り、帰宅してから画像処理していると、「下僕 藤吉」とあった。「えッ、誰?」・・・早速調べて見ると、
龍馬が暗殺された近江屋で龍馬たちの用心棒と手伝いをしていた雇い人(下僕)で、もと相撲取りだった人だそうです。刺客が来た時、出された名刺をもって2階へ上がろうとして背中から斬られて死んでしまった。龍馬の仲間たちが気の毒に思い一緒のお墓に葬ったそうです。

向かって左に藤吉の墓があったのですが、龍馬と慎太郎のことで頭が一杯
で、全く分からなかった。次回行ったときはお参りします。

それにしても「藤吉」がうらやましい、坂本龍馬と並んで葬られているなんて・・・・・

「龍馬伝」にもその内出てくるだろうか?

違った視点で「龍馬伝」を観ることができ楽しみだ。

龍馬と慎太郎の銅像.JPG


坂本龍馬と中岡慎太郎の銅像














龍馬の墓立て札.JPG



















京都市街.JPG
墓の前は展望台になっていて、京都の町並みが一望できます。

遠くに洛西の山並みが見えます。

次回、「高杉晋作」等の墓を紹介しますね。

今夜は「龍馬伝」・・・龍馬の墓参りをしたことにより更に面白く観れるぜよ!

posted by なまず at 12:16 | Comment(0) | 坂本龍馬 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年07月29日

龍馬を切ったとされている刀に見入ってしまった

霊山歴史館5.JPG
息子の柔道の試合が終わり、タクシーで東山にある幕末維新ミュージアム「霊山歴史館」に向かった。

気候のいい時であれば、高瀬川沿いにブラブラ散策しながら歩いて行く所ですが、なんせこの猛暑、バテテしまうのでタクシーを利用しました。

霊山歴史館は幕末維新の専門歴史館であり、収蔵資料は約5000点を超え、各展覧会では約100点を展示しています。

普段、常設展の場合、一般の入場料が500円(高校生300円・小中生200円)ですが、坂本龍馬の特別展を開催しているので700円(高校生400円・小中生300円)でした。

残念ながら館内は撮影禁止です。





霊山歴史館2 .JPG
日曜日で混雑していると思ったが意外と空いていた。やはり猛暑のせいかな?

龍馬を切ったとされる刀が展示されていた。

大刀ではなく小太刀であり、かなり錆びていて刃こぼれしている。

そこで歴史好きのなまずとしましては、この刀のことを知りたくなり調べました。


見廻組肝煎桂早之助がこの脇差を持って、京都・近江屋の一室で坂本龍馬を斬ったといわれています。

初めから狭い室内での斬り合いを予想して小太刀の名人を二階に闖入させたようです。

桂早之助は西岡是心流を習い、17歳で目録を受け特に小太刀の名手だったといわれます。

慶応4年正月、鳥羽伏見の戦いで撃たれて戦死、行年28歳でした。

同館学芸員の方がテレビ放送の中で説明している文章があったので以下引用します。
 
 今、まだ龍馬を切った人物さえも判明せず、犯行者は、新選組、見回り組(今井信郎、桂早之助)、
藩士の同仕打ち説、中岡慎太郎暗殺目的の巻き添え説等があるところであります。

 犯人が不明で有りますので、当然、犯行凶器もこれと特定できるものは未だ発見されていません。

 強いて申しますと、この刃こぼれのある脇差しが、
暗殺容疑のある見回組の「桂早之助」方から発見されたので、
被害者と容疑者と凶器の3点が結びつくのは、現在これが一本のみでありますので、
消去法からこの様に申しております云々。

展示されている刀を見ると刃こぼれがあり、かなり錆びています。

刀等は、普通、使う毎に研ぎに出すのが武士の嗜みですが、反面、研ぎに出す事によって、龍馬を襲撃した事が分かってしまうから、襲撃者の手元に隠し持っていたのでしょうか?

後に「坂本龍馬暗殺犯は自分である」と自供した京都見廻組「今井信郎」はどうなんでしょう?・・・と、色々妄想しながら刀に見入ってしまいました。(ほんまこれが龍馬を切った刀だったら凄いの〜)

館内には多くの歴史的資料が展示されているので、じっくり腰を据えて見学されたほうが宜しいかと思います。また事前に勉強しておけば色々な人物との相関関係なども分かり、より面白く閲覧できるでしょう。

大河ドラマ「龍馬伝」を観て今まで知らなかったことがあり、毎回面白く観ております。

福山雅治=坂本龍馬のイメージが出来上がっておりカッコイイ坂本龍馬・・・実際、龍馬の写真を見てもカッコイイ武士であり、酒を酌み交わしながら話がしたい人物です。

歴史館を出てから近くにある「坂本龍馬と中岡慎太郎」の墓に参って来ましたので、次回報告します。・・・お楽しみにわーい(嬉しい顔)

霊山歴史館3 .JPG


霊山歴史館.JPG







posted by なまず at 12:18 | Comment(0) | 坂本龍馬 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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