2010年12月22日

なまずの寝床が変わりました!


長岡京田園1.jpg

なまずの寝床が変わりました。

先月末、長年住みなれた「向日市」から隣町の「長岡京市」へと引越しです。

近いので業者に頼まず、軽トラをレンタルして家族全員と息子の友達二人をバイトに雇い無事に済ませました。

今度の住みかは、裏にのどかな田園風景が広がり落ち着いた環境です。

日本の都として置かれたこともあり、史跡が埋もれているので家を建てるときなど調査をしなければならないようです。

長岡天満宮や乙訓寺、光明寺などがあり、よく映画のロケに使われています。

あの「羅生門」も光明寺でロケしたみたいで、どの場面かと思いながら映画を観ると違った意味、面白いかもしれません。


ようやくなまずの住みかも一部屋確保できたのですが、まだ荷物がそのままで倉庫状態・・・・早く片付けなければと思いながらも、ネコの手も借りたい(?)師走に突入してしまい整理できておりません。

レコードだけは何とか棚に収めましたが、来春までには聴ける状態にしなければと思っております。

新聞配達も復活しました。

運良く近所の販売店で募集があったので夕刊を配り始めました。

1年半ばかり休んでいたので体重も増え(56kg)お腹も少し出てきて少しヤバイ状態になりつつありました。

でもこれで身体も鍛えられ足腰も強くなっていくぞ〜。

自転車で200件余りに配ります。まだ地図を見ながら走っているので1時間半掛かっていますが、完璧に覚えればもう少し短縮できるでしょう。

長岡京田園3.jpg

右の写真は配達の途中に撮りました。

住宅街ばかりでなく畑の側や山が見えるところを走るので、非常に気持ちイイ!

ここ長岡京にいる間は走り続けます。

新聞配達も・・・「ロックン・ロール!!!」


posted by なまず at 19:08 | Comment(2) | 長岡京市 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年10月22日

運動会は田舎が面白い

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息子が通っている高校の運動会が、曇り空の下開催された。

気温も高くなく丁度いい運動会日和・・・

ここ長岡京市の学校は敷地が広い。

周囲に山がありゆったりした環境は、田舎の益田に良く似ている。

でも何か寂しいなぁ〜・・・そう、飾りが一つもありません。

娘の出身校である津和野高校の運動会では、生徒たちが描いた大きなイラストが各陣地のバックに飾られ、運動場の上に万国旗がたなびいている。

こちら京都では、何処の学校もこんなんだろうか?

なんか寂しい・・・


乙訓高運動会2.JPG



乙訓高運動会3.JPG
勉強が忙しくて(?)、そこまで手を掛けて行事を行わない学校の方針なのだろうか?

確かに何事も準備をするのは大変なことで、生徒も先生も忙しい中、時間を割いてまでやる必要が無いのかもしれない。

準備をするのは大変だが、一つの目標に向かって皆が一緒に作業をすることが、若い彼らの将来にとって価値あることだと思うのだが・・・

娘も看護師になり日々悪戦苦闘しているが、中学・高校を通して経験した運動会での準備は、少なからず力となって身体の中に息づいている。

10代に得られる経験は、二十歳を超えてからのよりも格別に違うものと感じる。

観に来ている親の数も少なかったなぁ〜・・・平日だからしょうがないか。

ここ京都で中学・高校の運動会を観覧してきたが田舎には負ける。

やはり運動会は田舎が面白い。

来年・再来年と、あと2回で子供の運動会は終わりを告げてしまう。そう思うとチョット寂しい・・・

飾りが無い運動会だけど、熱い息子には更に熱くなって残された2回の運動会を楽しんでもらいたい。


posted by なまず at 22:08 | Comment(0) | 長岡京市 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年10月02日

住宅街の下に眠っている城跡「今里城」

今里城跡2.jpg
城の跡が住宅街の下に眠っている。それが乙訓寺南方の風呂川右岸に築かれた戦国期の城・・・「今里城」だ。

表通りに面してなく住宅街の裏道だから、チョット分かりにくい。たまたま裏道を通ったとき発見した。

長岡京市教育委員会の説明によると、「今里の土豪(地侍)であった能勢氏の城館と考えられ、その中心は旧小字城山付近に想定される」とあった。

・・・で、「能勢氏」とは誰?

ここからは日本史の勉強です(日本史は苦手な科目でした)。






武士が発祥したのが平安時代後期ということであり、その時、摂津能勢地方を領したのが能勢氏でした。

室町時代の中ごろ、源左衛門尉頼弘がはじめて乙訓郡西岡郷今里郷に居を移し、小畑川左岸に今里城を築いた。

能勢氏は応仁の乱から戦国時代に掛けて足利の将軍家に仕えていました。

しかし尾張の織田信長が足利義昭を奉じて上洛したことによって時代は大きな転機を迎え、室町幕府の滅亡とともに、今里能勢氏も没落のときを迎えたのです。

IMG_0366.jpg

その城跡がマンションの敷地地下に眠っている・・・

マンションの住民は、どんな気持ちで生活しているんでしょうね?

多分何とも思っていないでしょうが・・・

もしも、なまずが住んでいたならば・・・どうだろう?・・・夢に「戦国の武将」が現れてくるかもしれないですねわーい(嬉しい顔) 









今里城跡1.jpg

何も形は残っていないわけですから、観光客も誰も訪れるものはいません。

現代人が普通に生活している足元で、隠れた史跡が静かに眠っています。

チョッピリだけど、歴史のロマンを感じました。

ホンマ、行っても何もありませんから、わざわざ行くことはないです!

近くに行くことがあれば、その時チョットだけ足を延ばしてみるぐらいですよ!

所在地:京都府長岡京市今里2丁目
posted by なまず at 16:53 | Comment(0) | 長岡京市 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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