2010年08月26日

オジーと競演しているギター小僧

HANAさんのブログを見て知ったギター小僧・・・ぶったまげた!!

あのオジーと競演しとるではないか・・・信じられん???

若干9歳にしてこの上手さ、今からこれでは・・・末恐ろしい!

オジーの魔界に引き込まれなければ良いのだが・・・

5歳から8歳まで「さんまのスーパーからくりテレビ」のちびっこバンドとして活躍していたようだ。

そういえばやたら上手いギター小僧がいたな。

いつの間にかアメリカでプレイしているとは知らんかったの〜

若き日本の侍・・・「宮澤佑門」くん、ギターに魂を入れてプレイしろよ手(グー)・・・ジミヘンも聴いとるでぇ〜・・・
 
posted by なまず at 16:46 | Comment(2) | 宮澤佑門 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年08月25日

マネキンも病んでいる?秋のファッション

問屋にディスプレイされた秋のファッション。

今はメンズを主にやっているが、専門はレディース・・・だから、どうしても目がいってしまう。

近頃のファッション業界も昭和の時代の面白さが感じられない。

それだけ今の若者は夢を持たなくなったのだろうか?

マネキンも病んでいるかのように見える。 写真.JPG


posted by なまず at 12:37 | Comment(0) | その他 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

冷やし枕?メリ婆の知恵

写真.JPGメリ婆も連日連夜の酷暑にまいってしまっています。

唯一エアコンがある部屋の角で寝ております。

枕代わりにしているクッションが濡れているのが分かりますか?

メリ婆が舐めて冷やし枕にして少しでも涼しくしようと、犬なりに考えたんでしょうな。
posted by なまず at 12:09 | Comment(0) | その他 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年08月20日

小さな天使の歌声

「オーバー・ザ・レインボー」の曲名が目に付き見たところ、カワイイ小さな女の子・・・

「え〜、この子が歌うの?」と思いながらも、歌を聴いてみる・・・・・・・発する言葉が無かった・・・あの映画のラストシーンが浮かんでくるようだ。

大人の歌ではなく、純粋な子供の心を素直に表しているまさに小さな天使の歌声だ。

どっかの女の子が演歌を大人ぶって歌っている嫌味がちっとも無い。

この子の歌声を聴けば、この世の争い事が無くなってしまう力を持っている。

大人の汚さにまみれずいつまでも天使でいてもらいたい・・・・無理だろうなぁ〜

 
タグ:天使 映画
posted by なまず at 22:03 | Comment(0) | 音楽 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年08月19日

問屋でお茶してます

写真.JPG今、大阪の問屋でお茶してます。

チーズフレンチとコーヒー・・・いつもこれですね!

正面2階にあり弁当やパン、飲物などがあって仕入れの合間に休憩しています。

ちょっと見えるエスカレーターから2階に上がります。
posted by なまず at 10:55 | Comment(0) | その他 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年08月17日

大阪の問屋

写真.JPGお盆も明け大阪の問屋へ行って来ました。これがいつも行っている問屋です。

かれこれ40年余り通っていますね。改築してからこんなに立派になっていますが・・・

問屋街も時代と共に変貌していきますね。

今、淡路で乗り換え待ちです。あ、特急が来ましたので乗ります。
posted by なまず at 12:42 | Comment(0) | その他 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年08月15日

なまずが出会った幽霊

世の中、お盆ですね!お盆と言えば・・・「幽霊」、ということで、今日はなまずが体験した不思議な出来事を語ります。

今から2年程前、近くの病院で掃除のアルバイトをしていた時、早朝6時からの作業で、いつもの様に最上階のフロアーを掃除していました。

つい最近までは患者さんが入院していたのですが、今は病室には誰もいません。

廊下をモップで拭きながらある病室の前に近づいて行きました。

その日は風が吹いていたので、その病室の入り口にぶら下がっているカーテンが通路に向かってなびいています。

すると女の人がすーっと出てきたので、「おはようございます」と声を掛けようとしたら直ぐに病室に戻って行きました。

「まぁ、後で出てくるだろうから、そのときにすればいいか」と思いつつ、その病室の前にあるトイレの掃除に向かいました。

いつ出てくるかも知れないので、その病室を気にしながら掃除をします。

でもなかなか出てきません。

トイレの掃除も終わり気になるので、その病室の前に立ったとたん、ぞーっと寒気がして鳥肌が立ってくるではありませんか。

今は物置き場になっている病室で色々なものが置いてあります。

なまずが見た女の人の服装は、上が白の上着で下が黒のスラックス姿の先生のようなスタイルです。

横顔しか見えなかったのですが、長くもなく短くもないヘアースタイルをしており、30代位のおとなしそうな女性の方です。

最初見たときは、「先生が何か取りに来ているんだろうな」と、思ったぐらいです。

でも「早朝の時間帯に先生が物置に何かを取りに来ること自体がおかしいな」と思い、恐る恐る中に入っていきました。

腕を見ると鳥肌が立っています。

部屋の中を見ると誰もいません。

奥にカーテンで仕切ってある場所があります。

そこまで行って確認するかどうか、ちょっと迷いました。

・・・(怖いです)・・・勇気を出して近づきカーテンに手を掛け(なんか出てきたらどうしよう)一気に開けました。

・・・「ふー、誰もおらん???」・・・もう一度回りや天井を見ましたが異常はなく誰もいません。

「トイレを掃除していた間、誰も出てきたはずはないのに???・・・おかしいな?」・・・その部屋を出て次の場所へ掃除に向かいました。

すると鳥肌が立っていた腕が、何も無かったかのように元に戻っていました。

気のせいだったのか、幻覚だったのか不思議でなりません。

次の日も掃除でその場所の前に立つと鳥肌が立ちます。

そのことを嫁さんに話すと、霊感が強い彼女は「お寺にお参りに行こう」と言うので、近くにある「光明寺」行きお参りしました。

すると次の日からその病室の前に立っても鳥肌は立たなくなり、背筋がぞーっとすることもなくなりました。

霊感も無く霊の存在も信じていないなまずが体験した、最初で最後(?)の不思議な出来事でした。

今でもそのことは信じられません。

よくテレビとかで霊が見えるとかやっていますが、そんなことあるわけないと思っていたことが自分の身に実際起きると、「ホンマにあるんやろうか?」と、チョットばかし感じた次第です。

このこと・・・皆さんは信じないでしょうね?
posted by なまず at 12:12 | Comment(0) | その他 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年08月13日

ブルージーな桑田の「ハイウエイ・スター」

マルフクのことを語ったので、ハードロックが聴きたくなった。

そこで桑田エロおっさんの「ハイウエイ・スター」・・・完璧にブルージーな桑田サウンドになっとるね!

早く元気になって・・・ロックしてくれ手(グー)

 
posted by なまず at 19:00 | Comment(0) | その他 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

島根ジャズおやじの店「マルフク」

益田に唯一JAZZを聴かせる店が駅前にある。・・・それが島根ジャズおやじがやっている「マルフク」だ。

マスターのジャズおやじは、なまずの親友の弟・・・子供の頃から良く知っている。

昭和の時代、駅前が商店街だった頃、「マルフク」は「丸福」としてその商店街にあった饅頭屋だ。

なまずの店(衣料品店)も同じ商店街にあった。

高校が同じだったので、店に寄り一緒に通学していた。

その当時高校(県立益田産業高等学校)は、現在、石西県民文化会館がある場所に建っていたので、商店街を通り歩いて通学できた。

高校卒業後、その友も東京の大学へ進学した。なまずとは違う学校だったが、たまに会って新宿の「DIG」へ飲みに行ったこともある。

「DIG」は酒を飲みながらJAZZが聴けるバーで、田舎者の俺たちにとって大都会を感じさせるハイセンスな場所だった。

4年間の東京生活を終え俺たちは故郷益田に帰った。東京の感性を吸収した俺たちは、益田の文化を変えるべく動き始める。

友は「丸福」を改装して、お洒落なケーキと饅頭の店「マルフク」を創った。

当然BGMはJAZZ・・・文化のない益田にJAZZが流れている店・・・その当時(70年代初頭)としては、人口5万ばかりの益田にとって革命的なことであり、その場所から音楽の情報発信が行われた。

なまずも毎日入り浸り、色々な面白い連中と知り合うことができた。

そのマルフクが今も島根の片田舎「益田」でJAZZしている。

店内ではジャンルを問わずライヴを行っている。

なまず的にはJAZZオンリーでやってもらいたいが、商売を考えると田舎ではそうもいかないであろう。

その辺のことは昔、ロック喫茶「なまず屋」を益田でやった者として良く分かる。

ジャズおやじが高円寺のジャズ喫茶「サンジェルマン」でバイトしていた姿を見ているので、おやじのジャズに対する思い入れがどれ位のものか計り知りえない。

ハードロッカーなまずとしてはちょっと入りずらい空間だが、益田の市民バンド育成の為、ガンバッテやぁ〜!

益田マルフクのブログ///島根ジャズおやじ
posted by なまず at 17:10 | Comment(4) | 益田市 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

桂小五郎の墓に参る

桂小五郎の墓.JPG
木戸 孝允(きど たかよし)の墓

なまず的には「桂小五郎」の方が親しみ易い。

言わずと知れた尊皇攘夷派の中心人物で、薩摩の西郷隆盛、大久保利通と共に「維新の三傑」として並び称せられる。

神道無念流剣術の免許皆伝を得ている。

近藤勇をして、「恐ろしい以上、手も足も出なかったのが桂小五郎だ」と言わしめたという逸話があるから、余程強かったのでしょう。

子供の頃、良く観ていた桂小五郎の映画で、額に三日月形の傷跡があったのを思い出した。

これは調べている内に分かったことだが、以下ウキペディアより記事引用する。



少年時代は、病弱でありながら、他方、いたずら好きの悪童でもあった。

萩城下の松本川を行き来する船を船頭ごと転覆させて快哉(かいさい)を叫ぶといういたずらに熱中していた。

あるとき、水面から顔を出し「さあ船をひっくり返そう」と船縁に手をかけたところを、業を煮やしていた船頭に櫂(かい)で頭を叩かれてしまう。

小五郎は、想定の範囲内だったのか、岸に上がり、額から血を流しながらも、ニタニタ笑っていたという。

このときの、額の三日月形の傷跡が後世まで残っている。・・・ウキペディア記事引用

なるほど、実際三日月形の傷跡があったのは本当だったのか。

それにしても、かなりの悪ガキだった桂小五郎が将来日本を変える人物になるとは、その当時誰も思わなかったであろう。

ましてや小五郎の額にキズをつけた船頭さん・・・あんたは凄い!

現代の子供たちも悪さはしているが程度が違う。陰湿な悪さをする。

なまずも子供の頃、近所になっている柿を恐る恐る取りに行っって、雷オヤジに怒られたことも・・・

ある日は、益田の高津川に掛かっている山陰線の鉄橋を近所のガキ共と歩いて渡った。

下を見るとかなり高い。昔は蒸気機関車が走っていたから、鉄橋に近づくと汽笛を鳴らしていた。

鉄橋の真ん中ぐらいに来た時「ポー」と聞こえるではないか。

急いで待避所へ向かう。

待っていると黒い塊りが煙をはきながら突進してくる。

側を通過する時、機関士が俺たちの方を観ていた。

すぐ側を走る蒸気機関車の迫力は、今でもなまずの身体に振動となって残っている。

今の時代、こんなことしたら一大事件?

文明はどんどん発達するが、それと共に失っていくのも多い・・・

子供が夢のある悪さができる世の中になってもらいたい

子供の時代、大いに悪さをするべし・・・夢のある悪さを!

桂妻.JPG
ちょっと脱線して熱く語ってしまいました。

右は桂小五郎の妻「松子」の墓です。

妻は、幕末動乱期の命の恩人かつ同志でもある京都の芸妓幾松。

一芸妓である幾松が命を掛けて惚れた男を守る・・・幾松の存在が桂小五郎を「木戸孝允」にしたんでしょう。

男は女によって変ります。

オノ・ヨーコに出会った「ジョン・レノン」もそうでした。

あ、・・・なまずもですわーい(嬉しい顔)




高杉晋作.JPG左は高杉晋作です。

高杉晋作を語れば長くなりますので、後ほど機会があれば・・・

こうして見ると長州藩士ばかりですが、なまずは浜田藩・・・官軍にやられたほうなんです。

微妙な感じではありますが、長州にいた武士たちは好きですね。

なまずのルーツもはっきりさせとかんといかんですね。

岸静江の墓参りもせんとアカンし・・・

でもまだ益田に帰れん・・・

益田の町並みも変っただろうなぁ〜・・・

歩いて渡った高津川の鉄橋を今見てみたい・・・もう歩けんね・・・もうやだ〜(悲しい顔)
posted by なまず at 12:04 | Comment(0) | 桂小五郎 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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